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お城の基礎知識 櫓
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  概要
 日本の中世の城では、塀の内側に木材を組んで盾板を建てた櫓が登場し、攻撃のための「高櫓」(かたやぐら)や物見のための「井楼」(せいろう)と呼ばれる簡易な建物を建てて、防御を行っていた。また、常時矢を始めとする武具や生活道具なども保管する倉庫としての役割もあった。そのため、「やぐら」の字には「矢蔵」「矢倉」ともあてられる。
戦国時代末期から江戸時代までには、鉄砲などの銃器の導入に伴う戦い方の変化から、より頑丈な建物が設置された。その形状も多様に及ぶようになり、意匠には寺社建築の要素も取り入れられて破風や外壁仕上げにより装飾して領主や城主の権威を誇示する要素を含むようになった。


  歴史
 関ヶ原の戦い後、各地に移封され、大幅に加封された外様大名達によって次々に城が築かれ、既存の城も多くで改築を施された。
この時期、徳川幕府による天下普請の媒介もあり、近世の築城技術が全国に広まった。天守を除き現存する櫓のほとんどはこの時期に建設されたもので、関ヶ原の戦い以前に上げれたものは現存例がない。
現存しないものも含め一城郭内での櫓数は多い順に、広島城76棟、姫路城61棟、津山城60棟であった。
 
大洲城備中松山城
 82-大洲城 台所櫓 68-備中松山城 二重櫓 


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