お城ファンクラブ
home>その他のお城>此隅山城
  その他の名城・・・・・No.KI006 此隅山城
 此隅山城は山名時義が出石神社の北にある標高140mの此隅山に築いた城です。「応仁の乱」の際には此隅山城に山名の各領国から計2万6000騎の軍勢が集まり、山名持豊(宗全)はこの城から京都へ出陣しています。1569年(永禄12年)、山名祐豊のときに羽柴秀吉に攻められ落城し、祐豊はより高所にある有子山城に居城を移して廃城となりました。現在は有子山城とともに「山名氏城跡」として国の史跡に指定されています。


※たびたびXhyoGo!HPより引用


 
 概要  山城
 別名  此隅城、子盗城
 築年/廃年  応安5年(1372)/天正2年(1574)
 築城主  山名時義
 歴代城主  山名時義~宗全~祐豊
 所在地  兵庫県豊岡市出石町宮内
 最寄り駅  JR山陰本線豊岡駅 バスで鳥居下車、登城口まで徒歩約30分
 最寄りIC  北近畿豊岡自動車道八鹿氷ノ山IC 県道2号線経由
 駐車場  いずし古代学習館駐車場
 ウェブサイト  HYOGo!ナビHP


  周辺の地図



  此隅山城の見どころその他情報
  2025年4月26日登城。
有子山城に登城したあとに此隅山城に登城しました。(連続の山城は結構しんどいですが)此隅山城は国の史跡にもなっており遺構も結構残っている感じがしました。駐車場は「いずし古代学習館」を利用するのがよいでしょう。(無料ですし)私は一応中に入り見学しましたが、受付で書籍が販売されていて「発掘探訪!兵庫の中世城館」という書籍を購入しました。さて登城ですが、いずい古代学習館の左手を進むと此隅山城の石柱がありそのすぐ横に獣用の柵があるので開けて入ることにします。もちろん獣が出入りしないように閉めないとね。進むと説明板があり山名氏と此隅山城のことについて詳しく書いてあります。主郭まで500mという表示があり主郭を目指して登ります。虎ロープのある上り坂もありこのような登りがさらにあるのかと思いながら進むと曲輪があったり堀切があったりと遺構が連続し目が潤います。途中の表示で主郭の反対側に西の曲輪があるとのことで足を運び一応見学です。そして先ほどの表示板のところまで戻って主郭を目剤しますが、また遺構の土塁が目に入ります。さらに進むと、平坦なところに出てきて(曲輪でしょうか)その先には切岸がありその上が主郭のようです。主郭まで行くと、割と広めの平坦地になっていて周りが見おろせ、眺めはよかったですよ。晴れていたのでよけいです。遺構と景色を堪能し降りることにします。この此隅山城も山城なのでどんな上りかと思っていましたが、有子山城よりは登る距離や勾配はましだったように思えます。しかし翌日の長水城には参りましたし、翌々日の尼子山城は怖かったし・・・


 見どころ

 ◆堀切
 ◆土塁
 ◆切岸
 ◆曲輪
等が見所となります。

 観光スポット

豊岡市立出石資料館 この建物は、生糸を商う豪商の旧邸です。この家の為にわざわざ京都から専門の職人を招いて、お金に糸目をかけないで数奇屋風に造られた明治時代の代表建造物です。土台に使われている石だけでも家が一軒建つと言われたと伝えられています。昭和62年に兵庫県住宅百選に選ばれました。中には出石藩伝来の品々や資料が展示されています。
※HYOGO!ナビHPより引用
豊岡市立美術館(伊藤清永記念館) 豊岡市出石町出身で豊麗優美な裸婦像を描いたことで知られる洋画家・伊藤清永をはじめ、豊岡ゆかりの芸術家による作品を常設展示しているほか、年2~3回の特別展を開催しています。
※いこーよHPより引用 
城崎マリンワールド 城崎マリンワールドには、約300種・7,000のいのちが生きています。こうした生きものたちを未来へ向けて種の保存に繋げたい想いから、日和山海岸ミュージアムは生まれました。
※いこーよHPより引用
玄武洞公園  国の天然記念物。約160万年も前の噴火で流れ出た溶岩が作った自然の造形。六角形の玄武岩が積み重なった柱状の岩は圧巻です。
※豊岡市HPより引用

 書籍

 いずし古代学習館で書籍を販売しています
 <書籍の内容について>
  この本は山名氏城跡保存会が発行されたもので、兵庫県の中世城館について解説されています。例えば、此隅山城、白旗城、置塩城、有岡城、城山城などの城について発掘調査結果に基づいて遺構、土器などの説明や縄張り図を基にして城の構造など解説されています。


     






Copyright © oshirofan.club All Rights Reserved.