お城ファンクラブ
home>続日本100名城>延岡城
  続日本100名城・・・・・No.195 延岡城
 延岡は、縣(あがた)ともともと呼ばれ、数百年にわたり、土持氏が支配していたが、1578年に大友宗麟に滅ぼされた。 延岡城は、初代藩主高橋元種公により1603年に築城されたが、1613年に改易処分により、2代藩主有馬直純公が入封(にゅうほう、国替え)した。しかし、4代藩主のときに1690年に農民の逃散による一揆が起こり、解決に11か月を要し、転封(てんぽう、国替え)となった。その後5代藩主三浦家、6代・7代藩主牧野家の転封を経て、1747年に8代藩主内藤政樹公が入封し、明治時代に入るまで内藤家が続いた。有馬家までは外様大名だったが、三浦家からは譜代大名になった。

※ふれあうツアーズHPより引用

 
 概要  平山城
 別名  縣城、亀井城
 築年/廃年  慶長6年(1601)/明治以降
 築城主  高橋元種
 歴代城主  高橋元種→有馬直純→康純→清純→三浦明敬→牧野氏→内藤氏
 所在地  宮崎県延岡市本小路
 最寄り駅  JR日豊本線延岡駅から車で8分
 最寄りIC  東九州自動車道延岡IC 県道241号線経由
 駐車場  駐車場は3ヶ所あり(無料)
 休館日  お城は随時見学可能
 スタンプ設置場所  城山公園(延岡城)二の丸広場管理事務所前
 ウェブサイト  宮崎観光ナビHP


  周辺の地図



  延岡城の見どころその他情報
 2025年10月22日に登城しました。
車を北駐車場に停めて攻城です。案内版から少し行くと内堀跡がありその先には平成五年(1993)に復元された北大手門があります。この大手門の東側の石面には400個以上の刻印が残っており有馬家が携わった元和6年(1620)から寛永5年(1628)の徳川大阪城天下普請の有馬家普請丁場周辺で見られる刻印に類似点が多く大阪城築城に携わった技術者が延岡城の北大手門東石垣の構築を行った可能性が考えられるそうです。この石を見たところ「大」とか「田(丸に十の島津の紋?)」などの刻印を確認しました。門をくぐって階段を登っていくと有名な千人殺しの石垣が見えてきました。後でじっくり見るとして左手に折れて少し行くと左手に牧水歌碑広場(若山牧水)がありました。当時は曲輪だったのでしょうか。ちょっと先に行くと三ノ丸があるのですが引き返して千人殺しの石垣の見学です。立派な石垣です。この石垣は法長約22m、高さ役19mあり熊本城宇土櫓台、小倉城天守台に次ぐ九州屈指の規模を誇り、宮崎県唯一の高石垣だそうです。この石垣の前が二の丸になっており二の丸の北側のトイレの横に続日本100名城スタンプが置いてあります。スタンプをゲットしてから西側にある井戸跡を見て二階櫓跡へ。こちら側からは内部が見られないので二の丸に戻って千人殺しの石垣横の階段を登り切った所を右に行くと二階櫓跡に到着です。この櫓は一重目と二重目に入母屋破風と唐破風があったそうです。先ほどの階段の登り切ったところを逆方向の左手方向に行くと二階門櫓跡があり、少し進むと本丸跡が現れます。ここには延岡藩8代藩主内藤政挙(まさたか)の像があります。本丸を抜けて道なりに進むと天守台跡にやってきます。ここには鐘撞堂があり今でも時を告げる鐘の音が鳴り続けています。そしてここには虎口があり石垣も残っています。天守台から三ノ丸に向かうのですが、その途中に三階櫓跡があり、天守代用の建物で城内で一番大きな建物だったそうです。三ノ丸から本丸に続くつづら折れの通路の吹上坂を通っていくのですがこの通路の石垣は見栄えを重視したと考えられ、一定の大きさに整えられた割石を用い、横目地の通る「布積み」で積まれています。また石面は、ノミによる「ハツリ」が施され平面的に整えられています。そして少し降りると三ノ丸に到着です。ここには搦手門である石御門跡があり岩盤を削った切通しに門が造られていたようです。ここから南駐車場の方に行く途中に冠木門があったようなのですがその存在を知らず見逃してしまいました。残念。延岡城の見どころはやはり千人殺しの石垣でしょうね。よく手入れされていて見学しやすかったです。関係者の方々に感謝です。


 見どころ

 ◆石垣
 ◆天守台跡
 ◆櫓跡
 ◆虎口
等が見所となります。

 観光スポット

 愛宕山展望台 延岡市中心部にある標高約251mの愛宕山にある展望台です。ぐるりと360度見渡せ、市街地や日向灘が一望できます。天気に恵まれ運が良ければ四国が見えることもあるそう。この眺望は「日本夜景遺産」や「日本百名月」にも認定されています。満月が昇る日、条件がよければ、大海原に「月の道」が浮かび上がり、より一層夜景を幻想的に演出してくれます。
※みやざき観光ナビHPより引用
延岡城・内藤記念博物館 延岡城・内藤記念博物館は、延岡市の歴史や文化に関する資料の収集・保存と、歴史資料や美術作品を鑑賞する機会を提供する施設です。延岡藩主「内藤家」に伝来した貴重な品々をはじめ、大正、昭和期にかけて使われてきた民俗資料など、延岡城・内藤記念博物館には数多くの資料が展示・収蔵されています。
※みやざき観光ナビHPより引用 
今山八幡宮 今山は、養老元年(717年)に延岡地方における最古の寺院が創建されたところといわれています。750年に豊前国宇佐八幡宮を勧請したもので、当時国司や軍司の崇敬も深く、社領を加増せられた758年、当山最も興隆を極め、「今最も栄える山」という意味で、社号を「今山」と改め今山八幡宮と号したといわれています。
※トリップ延岡HPより引用 

     






Copyright © oshirofan.club All Rights Reserved.