| 佐伯市歴史資料館 |
佐伯市歴史資料館は、平成27年5月、城山のふもと、近世城下町の景観を残す「歴史と文学のみち」の起点に開館しました。この場所は、江戸時代には佐伯藩の役所として、明治時代には旧藩主毛利家の屋敷として利用され、佐伯の歴史において重要な役割を果たしてきました。佐伯市歴史資料館では、江戸時代を中心に、中世(平安時代末期〜戦国時代)から近代初頭(西南戦争)までの佐伯の歴史を主要なテーマとします。常設展示では、中世に勢力を誇った佐伯氏と栂牟礼城、佐伯藩の成立初代藩主毛利高政、佐伯城と城下町の建設、政府軍と西郷軍の攻防を伝える西南戦争跡などをわかりやすく紹介しています。
※佐伯市観光ナビHPより引用 |
| 城下町佐伯国木田独歩館 |
城下町佐伯 国木田独歩館は、明治26年(1893年)10月から明治27年(1894年)7月末までのわずか10ヶ月間、当時22歳の国木田独歩と弟収二(15歳)が下宿した坂本永年邸です。坂本永年は、独歩が教師を務めた鶴谷学館 の館長であり、公私ともに面倒をみていました。独歩は主屋2階に下宿。裏山にあたる城山の山上まで散歩することも多かったようです。当時の佐伯の人口は5000人ほどの町でした。このような佐伯と独歩のかかわりを、彼の過ごした坂本邸でご紹介するために建物を修復、「城下町佐伯 国木田独歩館」として公開することになりました。
※佐伯市観光ナビHPより引用 |
| 白潟遺跡 |
白潟遺跡は、城山の西山麓にある若宮八幡宮横の丘陵に存する。この遺跡からは、弥生時代の2つの貝塚と竪穴式住居や土器、奈良・平安時代の掘立柱建物跡、土師器、蔵骨器などが発掘され、この台地が弥生時代から奈良・平安時代に至るまで、人々の生活の場であったことがうかがえる。貝塚からは貝類のほか、獣骨、魚骨、石包丁、土器など多数の遺物が出土した。なお、下城式土器と呼ばれる甕形の弥生土器は、東九州に特有な地方色を有するものとして、分類・編年されている。また、この遺跡は弥生人の住居に最適な自然環境であり、当時の汀線を考え、海進状況を想定するのに格好な遺跡でもある。
※佐伯市HPより引用 |
| 佐伯市茶室汲心亭 |
茶室 汲心亭は、「お茶を汲むということはお客様に心を汲んで接待する」ということから命名されました。茶道の本元、大徳寺「福富雪底」管長より命名していただきました。「路入桃源深更深(路は桃源に入りて深くして更に深し)」との意味が込められています。木造平屋建、屋根は銅板葺、客室は8畳(2室)、6畳(1室)のほか付帯施設からなります。茶庭は、城山の借景を利用し修景を施した枯山水。心おちつく空間となっています。
※佐伯市観光ナビHPより引用 |