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  続日本100名城・・・・・No.133 鮫ヶ尾城
 鮫ヶ尾城は、16世紀の後半に春日山城の前衛として普請された頸城地方最大の支城といわれています。越後を二分する大戦乱に発展した御館の乱の終焉の地でもあり、同盟の証として越後入りし、謙信の後継者と目されながらも最後は近臣の謀反によって非業の死を遂げた三郎景虎が自刃した場所としても知られています。御館の乱は、北日本屈指の大国であった越後国内のみならず、日本列島の勢力構図をも一変させうる戦乱でした。こうした大乱の由緒地であり、その存在を示す良好な歴史資料として高く評価できるものです。 また、遺構を見ると、御館の乱で廃城になり、城郭構造の転換期とされる豊織期に増築・改変がなされなかったことから、信越国境の軍事的緊張が極度に高まった天文・永禄・元亀年間における山城構造を知るための好例とされています。上杉謙信・武田信玄の両雄を歴史の表舞台に引き出した川中島の合戦があまりにも有名ですが、そうした信越国境の軍事的緊張が高まった時期の姿を忠実に留めているという点で大変貴重な山城跡です。

※妙高市HPより引用

 
 概要  山城
 別名  ―
 築年/廃年  不明/不明
 築城主  不明
 歴代城主  堀江氏
 所在地  新潟県妙高市大字宮内・籠町・雪森
 最寄り駅  えちごトキめき鉄道・妙高はねうまライン北新井駅より徒歩約32分
 最寄りIC  上信越自動車道 上越高田IC 県道85号線→県道362号線→県道85号線経由
 駐車場  有(無料) 
 スタンプ設置場所と
休館日
 斐太歴史の里総合案内所は冬期間(12月~3月)
斐太歴史の里総合案内所の休館日は「神の宮温泉かわら亭」のフロント(不定休)
「神の宮温泉かわら亭」が休業の時は妙高市役所生涯学習課
城跡は随時見学可能ですが冬期間は鮫ヶ尾城登城道の誘導看板や案内表示など撤去されますので、春まで登城はご遠慮ください。
 ウェブサイト  妙高市HP


  周辺の地図



  鮫ヶ尾城の見どころその他情報
 斐太歴史の里総合案内所には営業時間より早く着いたので、鮫ヶ尾城を見学後に訪問することにして東登城道より登城です。その前に、東登城道への看板に『熊出没注意』とあったので熊よけの鈴をセットしドキドキしながら登城道を目指します。最初に目に入るのが大堀切6、続いて大堀切5や堀切も見ながら通称東一ノ丸跡に到着です。ここを抜けると堀切6があり、そこには根元に傷のある木を発見しましたが、これはもしかして熊がひっかいた傷でしょうか。再度熊出没注意の看板を思い出し気を引き締め次ぎを目指します。ここから上は少し急な登りなので一本のロープがありそれを使って登って進むと分岐点に到着です。まず階段を登って本丸を見学することに。本丸跡からの眺めがよく、ちょうど雪をいただいた山を見ることもでき最高でした。本丸跡から通称米蔵跡に階段を降りて行きましたが、粘土質の土で滑りそうなところがあったので怪我しないように引き返しました。本丸をおりて右手に回り込むと通称二の丸跡があります。そして本丸の下の左手に大堀切1があるのを地図で確認していたのでそちらへ向かいます。この大堀切もみごとなこと、竪堀のような感じで下の方に延びていました。大堀切1を左手にして進むと通称三の丸に到着です。ここでは発掘調査で炭化したおにぎりが出土したそうです。三の丸の下に井戸があり、この近くででお館の乱で敗れた上杉景虎が亡くなったと小学生が作った看板がありました。井戸の先に進むと虎口跡がありますがこの先には行かず戻って北登城道を下ることに。下っていくと地図の看板がありそれを見ると、通称西ノ丸跡や堀切1に行けそうなのでそちらに進ことに。枯れた木や草を史ながら堀切1を登ると右手に通称二ノ丸があり左手に進と大堀切2があります。そしてN171曲輪を見てから北登城路に戻って下山します。下山し斐太歴史の里総合案内所に戻ってきたのでスタンプをゲットしパンフレットをいただきました。

 見どころ

 ◆大堀切
 ◆堀切
 ◆曲輪
 ◆本丸跡
 ◆米倉跡
 等が見所となります。

 観光スポット

斐太遺跡 斐太歴史の里は弥生・奈良・戦国時代の史跡が残る歴史の宝庫。日本の歴史公園100選に選ばれています。緑の芝生が広がるセンター広場、アスレチック遊具を備えたトリム広場、アウトドアクッキングが楽しめる野外炉など、自然浴が満喫できる施設が整備され、中心施設となる管理棟では、お茶のサービスがあります。
※にいがた観光ナビサイトより引用
高田城 慶長19年(1614)、徳川家康の六男・松平忠輝公の居城として築かれた高田城。平成5年(1993)に復元された三重櫓は、1・2階が展示室になっており、高田藩ゆかりの資料などが観覧でき、3階の展望室からは、高田公園内が一望できます。
※にいがた観光ナビサイトより引用 
春日山城 戦国の名将・上杉謙信公の居城として広く知られている春日山城は、複雑な自然の地形を利用した堅固な城塞から、難攻不落な天下の名城と言われました。現在も空堀や土塁などが数多く残っており、日本百名城にも数えられる、国指定遺跡です。中腹には昭和44年、大河ドラマ「天と地と」の放送に合わせて建立された謙信公像があります。標高約180mにある本丸跡からは、日本海や頸城平野、それを取り巻く山並みをも一望できます。
※にいがた観光ナビサイトより引用 
いもり池 妙高を代表する観光スポット。いもり池をはさんで見る妙高山は絶景です。いもり池には遊歩道が整備されており、1周15分ほどで気軽にまわることができ、四季を通じて、さまざまな草花や野鳥を見ることができます。
※にいがた観光ナビサイトより引用
笹ヶ峰高原 妙高戸隠連山国立公園の笹ヶ峰は日本百名山の「火打山」「妙高山」の登山口です。笹ヶ峰高原は、標高1,300mに位置し美しい森林や、湖や湿原など妙高戸隠国立公園の魅力がつまった高原です。夏の笹ヶ峰高原は涼しく、秋は山々や木々が色づく紅葉の景色は写真やスケッチに残したい紅葉スポットです。
※にいがた観光ナビサイトより引用

 グルメ

噂で聞いていた新潟では有名なかんずりが販売されていたのでこちらも購入です。
※かんずりは、新潟県妙高市に伝わる、唐辛子を発酵させた辛味調味料です。
帰ってから食べましたが、美味しいし優しい辛さでお鍋や湯豆腐にもってこいです。
2020年12月20日の「がっちりマンデー」の地元調味料で紹介されましたよ。

また、新潟の笹団子も有名です。
笹団子も買って帰りましたが美味しかったです。

 書籍

 斐太歴史の里総合案内所で書籍を販売しています

 <書籍の内容について>
  原地形から縄張りを読みとる
  地中に刻まれた痕跡をたどる
  遺物からみた存続時期
  城域拡大と川中島合戦
  二人の養子 景虎と景勝
  天正六年の両軍の動き
  武田氏と北条氏の動き
  天正七年の両軍の動き
  決戦の日 三月二十四日
  附録 鮫ヶ尾城立体模型図

     






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