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川越城
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  日本100名城・・・・・No.19 川越城
 川越城は、扇谷上杉持朝が長禄元年(1457)に太田道真(資清)・道灌(資長)父子ら家臣たちに命じて築城させた城です。当時、持朝は山内上杉房顕と連合し、古河公方足利成氏と北武蔵の覇権をめぐって攻防をくりかえしていました。築城は扇谷上杉領の北端の拠点とするためと考えられます。小田原を拠点に武蔵への進出を図る後北条氏は、天文6年(1537)に川越を攻め落としました。天文15ねん(1546)扇谷上杉氏は当時対立していた山内上杉氏・古河公方と共に、川越城奪還を図りましたが、後北条軍の奇襲にあって大敗し(川越合戦)、後北条氏は北武蔵への支配を固めていきました。天正18年(1590)豊臣秀吉の関東攻略に際し、川越城は前田利家らに攻められて降伏しました。同年8月、徳川家康が江戸城に入ると、江戸に近い川越城には重臣酒井重忠を置き、その後も幕府の大名たちが川越に配置されました。寛永16年(1639)川越城主となった松平信綱は川越城の拡張工事を行い、本丸・二の丸・三の丸・追って曲輪・新曲輪などの各曲輪、3つの櫓、13の門からなる、総面積9万9千坪(役32万6千㎡)余りの規模をもつ巨大な城郭になりました。

※お城のパンフレットより引用

 
 概要  平城
 別名  初雁城、霧隠城
 築年/廃年  長禄元年(1457)/明治以降
 築城主  太田道真・道灌
 歴代城主  扇谷上杉持朝~朝定→北条綱成~松平信綱~松平氏
 所在地  埼玉県川越市郭町
 最寄り駅  西武新宿線本川越駅 東武東上線・JR川越線川越駅
 東武バス「蔵の町経由」乗車札の辻バス停下車、徒歩10分
 東武バス「小江戸名所めぐり」乗車博物館前バス停下車、徒歩すぐ
 最寄りIC  関越自動車道 川越IC 国道16号線経由
 駐車場  有(無料)本丸御殿隣の駐車場
 休館日  月曜日(休日の場合は翌日)
 年末年始(12月29日~1月3日)
 館内整理日(毎月第4金曜日、ただし休日は除く)
 川越城本丸御殿の休館日 城跡は随時見学可能
 スタンプ設置場所  川越城本丸御殿受付窓口
 ウェブサイト  川越城本丸御殿


  周辺の地図



  川越城の見どころその他情報
 本丸御殿大広間が現存しているのは、川越城の他には高知城のみで、貴重な遺構となっています。
本丸御殿の見学もさることながら、川越歴史博物館の展示物もなかなかのものなので
こちらに立ち寄るのもいいかと思います。
JR川越駅の観光案内所で有料ですが、荷物を預かってもらえますので利用させてもらいました。

 見どころ

 ◆本丸御殿
 ◆富士見櫓跡
 ◆土塁
 ◆石垣
等となります。

 観光スポット

 川越歴史博物館 個人経営の博物館。博物館にあってもおかしくない展示品が数多く展示されています。 川越城や川越藩のゆかりの品が展示してある川越歴史博物館。館長が文化財保護の立場で、親子3代で集めた数多くの品や資料は、歴史的欲求をくすぐられる場所です。
※カワゴエールHPより引用
川越氷川神社 欽明天皇の時代に大宮市の武蔵一宮から勧請されたと伝えられ、江戸時代には川越城下の総鎮守となり、歴代の城主をはじめ城下の人々の厚い信仰を得てきました。
※川越市HPより引用 
仙波東照宮 元和3年(1617年)、家康の遺骸を久能山から日光へ運ぶ途中、喜多院で法要が営まれたことにより、後の寛永10年(1633年)に建立されました。日光・久能山とともに三大東照宮といわれています。
※川越市 HPより引用 
 川越市立博物館 蔵造りをイメージした切り妻の瓦屋根に漆喰風の白壁姿の博物館は、旧川越城の二の丸跡に建っています。川越が繁栄した江戸時代から明治時代を中心に、原始時代から近・現代までの長い川越の歴史が総合的に理解できるような展示となっています。
※川越市HPより引用

 耳より情報

川越城から南に(JR川越駅方面)に行くと、成田山川越別院前に川越歴史博物館があります。
ここには甲冑、武具など珍しいものが展示してあります。
例)後藤又兵衛が使用した兜や織田信長が所用していた兜など

 書籍

 川越市立博物館で書籍を販売しています。 書籍案内
 <書籍の内容について>
  川越城と川越の郷村
  中世から近世へ
  戦の姿
  徳川家康と松平康親

     






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