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  続日本100名城・・・・・No.143 美濃金山城
 金山城跡は北東から南西へ流れる木曽川の左岸、可児市兼山地内の「古城山」に立地します。城は『金山記全集大成』によると、1537年(天文6)に斎藤道三の養子、斎藤正義(妙春)によって築造されました。その当時の金山城は烏峰城 と呼ばれていました。1565年(永禄8)には森可成(織田信長家臣)が城主となり、金山城と名を改めます。その後は嫡子長可 、蘭丸 、忠政 と森氏が35年間にわたり、金山城の城主となりました。1600年(慶長5)に忠政が川中島に転封されると犬山城主石川光吉領となり、1601年には犬山城主小笠原吉次によって金山城は破却されます。兼山はその後、尾張藩領となり、木曽川の川湊として栄えました。昭和42年に岐阜県史跡に指定されています。国指定史跡美濃金山城跡は、石垣・礎石建物・瓦の使用などに織田信長・豊臣秀吉の時代にあたる織豊系城郭の特徴が見られます。関ヶ原の合戦後、1601年に破城(城の一部を壊し、城の機能をなくすこと)されましたが、破城後ほとんど改変のない状態で約400年間保たれています。このような織豊系城郭の特徴が全て見られ、破城されたまま良好な状態で保存されている城郭は東海地方ではあまり類例がみられません。

※可児市HPより引用

 
 概要  山城
 別名  兼山城、鳥峰城、鳥ヶ峰城
 築年/廃年  天文6年(1537)/慶長5年(1600)以降
 築城主  斎藤正義
 歴代城主  斎藤正義~森可成→長可
 所在地  岐阜県可児市兼山1418-210
 最寄り駅  名鉄明智駅 YAOバス「元兼山町役場前」で下車、徒歩20分
 最寄りIC  東海環状自動車道可児御嵩IC 国道475線→県道351号線経由
 駐車場  有(無料)いくつかあります
 休館日  12月28日から1月4日(可児市観光交流館の休館日でお城は随時見学可能)
 スタンプ設置場所  可児市観光交流館
 ウェブサイト  可児市HP


  周辺の地図



  美濃金山城の見どころその他情報
 まず、可児市戦国山城ミュージアムで美濃金山城などの歴史を少し勉強してから登城です。ここは駐車場が①大手道入り口 ②城山団地付近 ③出丸 ④蘭丸広場の4ヶ所ありますが今回は②に駐車しました。山城なので当然登り坂が続くのですが、最初に堀切の小径の看板を発見し左したに見えたので下へ降りて撮影です。そしてすぐに大堀切が見えたのですぐにカメラを構えて撮影。大堀切を後にしてさらに登ると、左手に物見の櫓があり、ちょっと下界を見下ろすとなかなかよい景色です。さらに登ると右手に美濃金山城登山道の看板がありますが、その先に出丸跡(駐車場③)があるのでそちらを先に見学です。そして来た道を戻って本丸目指して登城です。猪出没注意の看板がありましたが今回は目撃していません。三ノ丸、二ノ丸西面の石垣、水の手、虎口、二ノ丸を経て大手枡形虎口から本丸に入ります。本丸には本丸虎口もありこちらは立派な虎口であったことがわかります。さらに進んで東腰曲輪から搦め手門へ、ここに門の礎石がありました。近くに左近屋敷の看板があったのですが、訪問時は左近屋敷へは行けなかったので行っていません。それから米蔵跡の石垣も見たかったのですが時間の都合で駐車場まで戻り大河ドラマ館(2020年の麒麟がくる)へ向かいました。訪問時は曇り空だったのでまた天気のよい日に訪問したいです。

 見どころ

 ◆本丸
 ◆出丸
 ◆枡形虎口
 ◆二ノ丸西面石垣
 ◆東、南、西腰曲輪
 ◆大堀切り
等が見所となります。

 観光スポット

花フェスタ記念公園 ナゴヤドーム約17個分(80.7ha)の広大な敷地では、約7,000品種30,000株のバラが植栽されたバラ園のほか、企画展示を行う「花のミュージアム」、一年を通じて季節の花木が楽しめる大温室「花の地球館」、高さ地上45メートルの「花のタワー」、屋外イベントホール「プリンセスホール雅」など特徴のある施設でお楽しみいただけます。
※可児市の観光NAVIHPより引用
蘭丸ふる里の森 古城山に広がる自然豊かな公園で、桜やあじさい、紅葉と、四季をお楽しみいただけます。
※可児市の観光NAVIHPより引用 
兼山瀞 兼山地内を流れる木曽川は峡谷となっています。その両岸には奇岩怪石、岩肌が連なり、川でありながら湖のように思えるほどゆったりと水が流れています。
※可児市の観光NAVIHPより引用
明智城跡 明智光秀公の生誕地であり、自然の地形を生かした山城跡です。
付近は遊歩道が整備され春から秋にかけてはハイキングコースとして最適です。
※可児市の観光NAVIHPより引用
可児市戦国山城ミュージアム もともとは、義務教育学校の校舎。現存する校舎としては日本でもっとも古い建物です。国史跡美濃金山城跡と城主森家をはじめ、市内各地の山城を紹介しています。
※可児市の観光NAVIHPより引用
久々利城跡 発達した虎口に大規模な切岸という戦国城郭のモデル。城主久々利氏の権力の大きさが垣間見える。守護大名土岐氏の一族で、室町幕府の奉公衆であった久々利氏の本拠。天正11年(1583)に森長可に討たれ、森氏の居城となった。
※可児市の観光NAVIHPより引用

 書籍

 可児市戦国山城ミュージアムで書籍を販売しています
  (訪問した2020年7月は新型コロナ肺炎のため書籍を販売してもらえませんでした)

     






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