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吉野ヶ里遺跡
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  日本100名城・・・・・No.88 吉野ヶ里遺跡
 紀元前3世紀(約2300 年前)から紀元後3世紀(約1700 年前)までの弥生時代は、日本で稲作の文化が始まり、定住文化が根付い た日本の文化の原点ともいえる時代です。
弥生時代の遺跡の中でも吉野ヶ里遺跡は、佐賀県神埼郡の旧神埼(かんざき)町・旧三田川(みたがわ)町・旧東 脊振(ひがしせふり)村の 3 つの町村にまたがった我が国最大の遺跡で、
弥生時代における「クニ」の中心的な集落の様子や、弥 生時代600年間の移り変わりを知ることができ、日本の古代の歴史を解き明かす上でとても貴重な資料や情報が集まっています。
これらは日本の様子を記した最古の記録である「魏志倭人伝」に出てくる「邪馬台国」の時代を思い浮かべさせるもので国の特別史跡にも指定されています。
弥生時代は約600年間も続いた長い時代です。吉野ヶ里遺跡では、この長い弥生時代の全ての時期の遺構・遺物が発見されています。
しかもそれぞれの時期の特徴をよく表しているものが見つかっており、この時代にどのように社 会が変化していったかが分かるとても学術的価値の高い遺跡です。

※吉野ヶ里歴史公園HPより引用

 
 概要  遺跡
 別名  ―
 築年/廃年  弥生時代など
 築城主  ―
 歴代城主  ―
 所在地  佐賀県神埼郡吉野ヶ里町田手1843
 最寄り駅  JR長崎本線 吉野ヶ里公園駅または神埼駅 徒歩約15分
 最寄りIC  長崎自動車道東脊振IC 県道385号経由
 駐車場  有(有料)歴史公園駐車場
 休館日  12月31日、1月の第3月曜日とその翌日
 スタンプ設置場所  吉野ヶ里歴史公園東口
 ウェブサイト  吉野ヶ里歴史公園


  周辺の地図



  吉野ヶ里遺跡の見どころその他情報
 吉野ヶ里遺跡は弥生時代以後の遺跡なので他の城とは遺構等全然異なっています。
敷地が広い歴史公園となっていますのでのんびり散策もいいかもしれません。
尚、現在も発掘調査が続けられているそうです。

 見どころ

 ◆南内郭
 ◆北内郭
 ◆倉と市
等が見所となります。

 観光スポット

佐賀城 佐賀市のシンボルともいえる鍋島36万石の居城の跡。佐賀城は、もともと佐賀を治めていた龍造寺(りゅうぞうじ)氏の村中(むらなか)城を鍋島直茂(なおしげ)、勝茂(かつしげ)親子が拡張・整備したもので慶長16(1611)年に完成しました。佐賀城は平地に築かれた平城で、本丸は東西70間(約126m)、南北68間(約122m)でその西北部に四重五階構造の天守閣があり、石垣の高さは5間(約9m)だったといわれています。
※あそぼーさがHPより引用
佐賀市歴史民族館 佐賀市柳町の旧長崎街道とその周辺に点在する7つの歴史的建造物の総称。大正時代の洋風建築や、近代的和風建築を見ることができる。庭園もあり、写真撮影に訪れる方も年々増えている。また、旧福田家では、伝統工芸手織り佐賀錦の織体験などもできる。
※佐賀トラベルサポートHPより引用 
徴古館 徴古館は昭和2年(1927)に開館した県内最初の博物館で、戦時中からの休館期間を経て平成10年に再開しました。年数回の企画展を通じ、旧佐賀藩主・侯爵鍋島家伝来の歴史資料や美術工芸品などの大名家資料をご覧いただけます。佐賀の初期洋風建築の遺産として国登録有形文化財となっている建物も見どころです。
※佐賀トラベルサポートHPより引用 
佐賀県立博物館 自然・考古・歴史・民俗・工芸の各分野の資料を通史的にご紹介する常設展「佐賀県の歴史と文化」を開催しています。多彩な資料を通じて佐賀の歩みを概観いただけます。
※佐賀トラベルサポートHPより引用


     






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