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  日本100名城・・・・・No.86 大野城
 7世紀の初め頃、朝鮮半島では、高句麗・百済・新羅の三国が互いに戦争を繰り返していました。660年に百済は、中国を統一した唐と新羅に攻められ滅亡しています。
百済の遺臣は、倭(日本)に救援を求め、これに応じた倭は、663年に百済を救援するため朝鮮半島に出兵します(白村江の戦い)。
救援に向かった倭でしたが、唐・新羅連合軍に敗れてしまします。この結果、連合軍の倭侵攻が想定されたため、664年に大宰府政庁(九州の政治拠点)を防衛するための水城を造り、その後、665年に大野城が築造されたのです。大野城は、大宰府政庁を守るためのお城であるとともに、大宰府都城の外郭形成の一部であったとも考えられています。

※宇美町HPより引用

 
 概要  朝鮮式山城
 別名  ―
 築年/廃年  665年/不明
 築城主  大和朝廷
 歴代城主  不明
 所在地  福岡県糟屋郡宇美町・太宰府市・大野城市
 最寄り駅  西鉄天神大牟田線 太宰府駅から徒歩50分
 最寄りIC  九州自動車道・大宰府IC
 駐車場  有(無料)福岡県立四王寺県民の森駐車場
 休館日  城跡は随時見学可能
まどかパーク総合体育館: 毎月第3木曜日(その日が祝日の場合は、その日後の最も近い休日でない日) 12月28日~1月4日
福岡県立四王寺県民の森管理センター: 毎週月曜日(月曜が休日の場合は翌日) 12月29日~1月3日
太宰府市文化ふれあい館: 毎週月曜日(月曜が休日の場合は翌日) 12月28日~1月4日
太宰府展示館: 毎週月曜日(月曜が休日の場合は翌日) 12月28日~1月4日
 スタンプ設置場所  まどかパーク総合体育館、福岡県立四王寺県民の森管理センター、太宰府市文化ふれあい館、太宰府展示館、太宰府市役所(左記休館日の時)
 ウェブサイト  大野城市HP
 宇美町観光情報


  周辺の地図



  大野城の見どころその他情報
 ネットで調べた地図がわかりずらく限られた遺構しか見ることできませんでした。
反省から、大野城は敷地が広いので、わかりやすい地図を持って十分時間を取って見学した方がよいかと思います。

 見どころ

 ◆百間石垣
 ◆太宰府口城門
 ◆増長天礎石群
 ◆主城原礎石群
 ◆水門
 ◆土塁
等が見所となります。

 観光スポット

太宰府天満宮 菅原道真公を祀る。全国の天満宮の総本社。学問の神様として親しまれ、祈願の人々で賑わう。境内には天然記念物のヒロハチシャやクスの木、梅、花菖蒲があり、四季折々の風情が楽しめる。
※クロスロードふくおかHPより引用
太宰府政庁跡 大宰府とは7世紀後半から奈良・平安時代を通じて置かれた役所の名。「都府楼跡」でよく知られている場所がその中心の政庁域であった。大宰府は九州全体を治め、日本の西の守りとして防衛を、また外国との交渉の窓口でもあるなど重要な役割を果たした。現在も政庁域には大宰府の大きさをしのばせる立派な礎石が残り、そこを中心に周辺の役所跡も復元され史跡公園が造られている。
※クロスロードふくおかHPより引用 
九州国立博物館 東京国立博物館・京都国立博物館・奈良国立博物館に次いで108年ぶりに新設された国内4番目の国立博物館。平成17年10月16日に太宰府天満宮裏の丘陵地に開館した。山並みをイメージした曲線的な大屋根とダブルスキンガラスの外壁で覆われた巨大な建物が目を引く。
※クロスロードふくおかHPより引用 
水城跡 市の北西に平野の出入口を塞ぐように木立に覆われた丘が続く。これは664年に、唐と新羅の攻撃に備えて築かれた防衛施設「水城」である。丘と見違えるのは、人の手で積み上げた大提(土塁)で、その規模は全長1.2km、基底部の幅80m、高さ14mに及ぶ。そして現在は埋まっているが、外側(海側)には名のとおり幅60m、深さ5mの堀を掘って水を貯えていた。
※クロスロードふくおかHPより引用
岩屋城  四王寺山の中腹に築かれた戦国時代の山城で眺望がすばらしい。1586年、豊後大友氏の家臣高橋紹運以下七百数十名の将兵は、薩摩の島津氏の大軍数万に攻められ、ここで全員討死した。
※クロスロードふくおかHPより引用 


     






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