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  日本100名城・・・・・No.73 広島城
 毛利氏は、南北朝時代から郡山城(現広島県安芸高田市)を居城とする一領主でしたが、元就の代に中国地方の大半を支配する戦国大名に成長しました。後を継いだ孫の輝元は、豊臣秀吉の聚楽第、大坂城を見物し、城下町と一体化して政治・経済の中心地として機能する城郭の必要性を痛感しました。こうして瀬戸内海に面する太田川河口の三角州に城地を定め、天正17年(1589)4月15日鍬入式を行いました。築城工事は穂井田元清(元就の子)、二宮就辰(輝元側近)を普請奉行として急ピッチで進められ、天正18年末には堀と城塁が一応完成し、翌年、輝元は入城を果たしました。慶長5年(1600)の関ヶ原の合戦後、輝元に代わって安芸・備後2か国(現在の広島県域)の領主として福島正則が入城し、外堀や外郭の整備を進め、広島城を完成させました。また、広島城下を通るように西国街道(山陽道)を南下させたほか、出雲・石見街道を整備し、その沿道を中心に町人町の大幅な拡充を図りました。 しかし、洪水で破損した広島城の修築許可の不備をとがめられた正則は元和5年(1619)に芸備2か国を没収され、代わって和歌山から浅野長晟が安芸一国・備後半国の領主として広島城に入りました。以後、明治2年(1869)の版籍奉還までの250年間、浅野氏が12代にわたって広島城主を勤めました。

※安芸ひろしま武将隊HPより引用

 
 概要  平城
 別名  舞城、鯉城、在間城、当麻城
 築年/廃年  天正17年(1589)/明治以降
 築城主  毛利輝元
 歴代城主  毛利輝元→福島正則→浅野長晟→光晟~長勲
 所在地  広島県広島市中区基町21-1
 最寄り駅  JR山陽本線・新幹線 広島駅から徒歩約25分
 広島電鉄の路面電車 紙屋町東・西電停から北へ徒歩約15分
 最寄りIC  山陽自動車道 広島IC 国道54号線経由
 駐車場  なし 周辺有料駐車場を利用(広島市中央駐車場など)
 駐車場はこちらをご覧ください
 広島市中央駐車場は有料だが天守閣入場券を持っていけば
 30分割引になるサービス券がもらえる
 休館日  12月29日~12月31日 ※臨時休館あり
 スタンプ設置場所  天守閣内売店
ウェブサイト  広島城


  周辺の地図



  広島城の見どころその他情報
 広島市中央駐車場に車を止めて地上に出て太鼓櫓、多門櫓、平櫓を見ながら御門橋へ向かい御門橋から表御門を眺めゆっくりと城内に入る。二の丸から本丸に向かう途中にある中御門跡の石垣は被爆時の火災の熱によりひび割れていました。かなりの温度だったのでしょうね。そして福島正則が壊したと言われている石垣や刻印のある石垣を見た後天守へ向かう。1958年(昭和33)に復元された天守内に入り見学。(入場時に100名城のスタンプを押印し広島城の本を購入しました)
城内には被爆した樹木(ユーカリやマルバヤナギなど)がありましたが、被爆しても今も緑の葉を茂らせている生命力に驚きました。

城内にある
 ◆天守
 ◆二の丸・三の丸跡
 ◆中御門跡
 ◆太鼓櫓
 ◆多門櫓
 ◆平櫓
 ◆裏御門跡
 ◆石垣
等が見所となります。

広島城天守閣内売店で書籍を販売しています
 http://www.rijo-castle.jp/RIJO_HP/contents/07_shop/01_zuroku/01_index.html

【観光スポット】
 ・平和記念公園
 ・原爆ドーム
 ・厳島神社
 ・縮景園

【イベント】
 安芸ひろしま武将隊による
●演舞
 殺陣ありロックあり! 夢と感動あふれる熱き演舞を披露!
 一緒に記念撮影もできます♪
 日時/毎週日曜日 ①13:30~ ②15:00~ 場所/広島城二の丸
●練り歩き
  武将ふたりがゆるゆると練り歩き。見かけたら気軽に声をかけてくだされ。
 日時/毎週土曜日および祝日 13:00~15:00
 場所/広島城天守閣~二の丸
 ※雨天時は中止の場合あり。
詳細は安芸ひろしま武将隊HPをご覧ください。

 <書籍の内容について>
  第1章 広島城の歴史
   (1)築城
   (2)毛利氏時代の広島城
   (3)福島氏時代の広島城
   (4)浅野氏時代の広島城
   (5)近代の広島城
   (6)戦後の広島城
 第2章 広島城大解剖
   (1)縄張り
   (2)郭(曲輪)
   (3)石垣
   (4)壕
   (5)天守
   (6)天守以外の構造物
   (7)城下町
   (8)縮景園

     






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