お城ファンクラブ
備中松山城
home>日本100名城>備中松山城
  日本100名城・・・・・No.68 備中松山城
 標高430mに築かれた備中松山城の歴史は古く、鎌倉時代の延応2年(1240)に有漢郷の地頭に任じられた秋庭三郎重信により臥牛山のうちの大松山に築かれたことから始まります。
その後、小松山に移り、城の縄張りは時代とともに変化しますが、なかでも天正2年(1574)に起こった「備中兵乱」時は「砦二十一丸」と呼ばれた出丸が築かれていたことが記録に残っており臥牛山全域が一大要塞になっていたことがうかがえます。
当時の城主であった三村氏が滅んだ後も、毛利氏の東方進出の拠点として、またさらに毛利氏が防長二国に退いてからも、備中国奉行として赴任していた小堀正次・政一父子により改修がなされるなど、備中の要衝としての役割を担っていたようです。
以降、池田氏、水谷氏、安藤氏、石川氏、板倉氏と城主が変わり明治維新を迎えますが現存する天守などは天和3年(1683)に水谷勝宗により改修されたものと伝えられています。

※お城のパンフレットより引用

 
 概要  山城
 別名  高梁城
 築年/廃年  仁治元年(1240)/明治以後
 築城主  秋葉重信
 歴代城主  秋葉重信~高橋宗康~庄為資→三村家親→庄高資→三村元親→天野元勝~小堀正次・政一→池田長幸~水谷勝宗~板倉氏
 所在地  岡山県高梁市内山下
 最寄り駅  JR伯備線 備中高梁駅 高梁市観光案内所より『観光乗合タクシー』を運行しています
 最寄りIC  岡山自動車道 賀陽IC 国道484号線・国道180号線経由
 駐車場  有(無料) 城見橋公園駐車場に駐車してふいご峠までシャトルバスで(有料) バスが運行していない日はふいご峠まで車で行ける
 休館日  12月29日~1月3日
 スタンプ設置場所  備中松山城券売所
 ウェブサイト  高梁市観光ガイド


  周辺の地図



  備中松山城の見どころその他情報
 備中松山城は竹田城(兵庫県)と大野城(福井県)と並んで天空の城として有名になりました。
実際に霧に浮かんだ備中松山城を見たことがありませんが幻想的な光景を見てみたいものです。
城内の遺構では、土塀がNHKの大河ドラマ 真田丸のオープニングで使われています。
城内にある
 ◆天守
 ◆二重櫓
 ◆三の平櫓東土塀
 ◆大手門跡
 ◆石垣
等が見所となります。

【観光スポット】
 ・高梁市武家屋敷館
 ・高梁市商家資料館池上邸
 ・武家屋敷旧折井家、旧埴原家
 ・高橋歴史美術館
 ・高梁市郷土資料館
 ・松連寺

 城見橋公園駐車場で書籍を販売しています

   <書籍の内容について>
  お城の写真や図面
  高梁
  臥牛山
  松山城のうつりかわり
  松山の城下町
  郷土に名をのこした人々


     






Copyright © oshirofan.club All Rights Reserved.