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  続日本100名城・・・・・No.197 志布志城
 志布志市志布志町の前川河口部、シラス台地の先端に、内城・松尾城・高城・新城の4つの中世山城が存在しています。この4つの山城を総称して「志布志城」と呼びます。志布志は、万寿3年(1026年)に平季基によって開かれた大荘園島津荘の港として発達したといわれています。当時、志布志、松山と有明の東半分を中心とした地域は救仁院と呼ばれ、平安時代末期の文治5年(1189年)より救仁院氏が治めていました。古より志布志は前川河口に堤防の様に存在する権現島のおかけで、天然の良港であり、海上交通の要所でした。中世においては、陸上交通より、船で一度に大量の物資を運搬できる海上交通の方が発達しておりました。そのため、この地を支配する事は重要な意味があったのです。志布志城の正確な築城年は不明ですが南北朝の時代には松尾城と内城が存在していた事がわかっています。その後、高城と新城が築かれたと考えられています。建武3年(1336年)に、「救仁院志布志城」の肝付氏が重久氏に攻められた記録が残っています。この時の志布志城は、築城時期が最も早いと考えられている松尾城だと思われます。平成17年7月14日に内城の全体と松尾城の一部が国の史跡として指定を受けました。
尚、鹿児島市の黎明館と志布志市埋蔵文化財センターには、当時の内城の姿を想定復元した模型が展示されています。

※お城のパンフレットより引用

 
 概要  山城
 別名  ―
 築年/廃年  南北朝時代/元和元年(1615)以降
 築城主  不明
 歴代城主  楡井氏~畠山氏~島津氏→新納氏~肝付氏→鎌田政近
 所在地  鹿児島県志布志市志布志町帖
 最寄り駅  JR日南線志布志駅
 最寄りIC  東九州自動車道野方IC 県道64号線→国道220号線経由
 駐車場  有(無料) 三の丸跡
 休館日  月曜日(国民の祝日の時は翌日)、12月29日~1月3日(志布志市埋蔵文化財センターの休館日 お城は随時見学可能)
 スタンプ設置場所  志布志市埋蔵文化財センター
 ウェブサイト  志布志市HP


  周辺の地図

    

  志布志城の見どころその他情報
  GWに登城しましたが、木が生い茂り草も結構生え、木で日差しが遮られた中を一人で城内に。案内板と持ってきた地図を頼りに城内を巡りましたが、空堀が見事でしばらく見入ってしまったぐらいです。大手口から矢倉場、本丸跡、中野久尾と巡り大手口まで帰ってきました。大手口付近まで戻ってくると登城口から女性が一人入城されるところでした。男でも薄暗い中を歩くのはあまり気持ちよいものでないのに女性が一人でとはよくやるなぁと思いまた、無事帰ってくるのかなぁと思っていました。私の方はその後新城の方へ移動して見学後駐車場に戻ってきましたがしばらくするとその女性が無事戻ってこられました。お城女子パワーはすごいです。
城内にある
 ◆空堀
 ◆本丸跡
 ◆中野久尾
 ◆矢倉場
等が見所となります。

【観光スポット】
 ・志布志麓庭園(天水氏庭園、平山氏庭園、福山氏庭園)
 ・大慈寺


     






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