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  続日本100名城・・・・・No.190 八代城
 元和5年(1619)の大地震で麦島城が崩壊したため、熊本藩主加藤忠広が、幕府の許可を得て城代加藤正方に命じて築かせた平城です。本丸には4層5階の大天守と2層2階の小天守、月見櫓等の7棟の櫓、本丸御殿等がそびえていました。城の石垣は石灰岩で築かれており、明治以降は白鷺城とも呼ばれていました。加藤氏改易後は細川氏の支城となり、寛永9年(1632)に細川忠興(三斎)が入城。さらに正保3年(1646)松井興長が入城して以来、,明治3年(1870)の廃城まで松井氏が城代を務めました。
平成28年熊本地震では本丸の石垣の一部が崩壊し、保存修復が行われました。

※お城のパンフレットより引用

 
 概要  平城
 別名  松江城、白鷺城(しらさぎじょう)、白石城、不夜城、不知火城
 築年/廃年  元和8年(1622)/明治3年(1870)
 築城主  加藤正方
 歴代城主  松井氏
 所在地  熊本県八代市松江城町
 最寄り駅  JR鹿児島線八代駅
 最寄りIC  九州自動車道八代IC 国道3号線経由
 駐車場  有(無料)周辺駐車場  市営駐車場は有料
 駐車場はこちらをご覧ください
 (図は熊本通信HPより引用)
 休館日  月曜日(祝祭日の場合は翌日) 12月29日~1月3日(八代市立博物館未 来の森ミュージアムの休館日 お城は随時見学可能)
 スタンプ設置場所  八代市立博物館未来の森ミュージアム
 ウェブサイト  八代市HP


  周辺の地図



  八代城の見どころその他情報
  天正16年(1588)宇土城を本拠とする小西行長の家臣が築いた「麦島城」が前身です。ご存じのように関ヶ原の合戦で西軍に与した小西行長が改易されると加藤清正の領地となり元和元年(1615)の一国一城令では異例とも言える熊本城と麦島城の存続が許されています。
その後元和5年(1619)の地震で麦島城が倒壊しますが、元和8年(1621)に麦島城北側の松江の地に新しく八代城が竣工します。もし一国一城令が続いていなければ八代城は現在なかったかもしれません。歴史っておもしろいですね。

 見どころ

 ◆天守台
 ◆堀・石垣
 ◆廊下橋門
 ◆月見櫓
 ◆宝形櫓
等が見所となります。

 観光スポット

五家荘 泉町の久連子地区・椎原地区・葉木地区・仁田地区・樅木地区の総称。周囲を山深い峡谷に囲まれ、茅葺き屋根の民家が数多く残るほか、全国でも有数の平家落人伝説の里として知られています。とくに紅葉が美しく観光客に人気です。
※熊本県・熊本県観光連盟HPより引用
松浜軒 八代城主三代松井家直之が生母崇芳院尼(すうほういんに)のために元禄元年(1688年)に創建した茶庭です。創建当時、庭の向こうに八代海の砂浜と松を見渡すことが出来たことから「浜の茶屋」とも呼ばれています。庭園の広さ約9,000平方メートル、正門は大名長屋門のうちの略式門(冠木門)、玄関は唐破風、浜床の造りで格式の高さを表しています。
※熊本県・熊本県観光連盟HPより引用 
八代市立博物館未来の森ミュージアム 緑豊かな八代城跡公園の一角に建つ博物館。「熊本アートポリス’92」に参加して建てられたもので、メタリックでユニークな外観が目を引きます。1階常設展示室では、八代周辺から発掘された土器や江戸時代の道具等を展示し、古代から現代までの八代の歴史や人々の暮らしぶりを知ることができます。第2常設展示室には、武具や調度品、茶道具等の八代城主・松井家のコレクションが展示されています。
※熊本県・熊本県観光連盟HPより引用 

 書籍

 八代市立博物館未来の森ミュージアムで書籍を販売しています。 書籍案内


     






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