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飯盛城
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  続日本100名城・・・・・No.160 飯盛城
 飯盛城跡(いいもりじょうあと)は、飯盛山の山頂に四條畷市と大東市にまたがって存在する中世の山城跡です。その規模は南北約650メートル・東西約400メートルを測り、近畿地方では最大級のものです。城内には、多くの曲輪(くるわ)や堀切(ほりきり)・土橋(どばし)といった場所が良好な状態で残っています。飯盛城は、戦国時代に三好長慶(みよしながよし)が居城としたことで知られ、長慶は永禄3年(1560年)11月に芥川山城(あくたがわやまじょう:高槻市)から拠点をこの城に移しました。彼はこの城を拠点に五畿内(大和、山城、河内、摂津、和泉)と四国の一帯を統治し、室町幕府の政治を動かしました。
彼が永禄7年(1564年)に城中において42歳で没したことは3年間にわたり秘められ、その遺体は御体塚郭(ごたいづかくるわ)に仮埋葬されたといわれています。
長慶が権力を担っていたのはわずか4年あまりですが、この城は政権が所在する『首都』といえるような場所でした。近年織田信長に先駆ける天下人として評価されています。

※四條畷市HPより引用

 
 概要  山城
 別名  飯盛山城
 築年/廃年  建武年間(1334~1338)/天正4年(1576)頃
 築城主  佐々目憲法?
 歴代城主  佐々目憲法~木沢長政→安見宗房→三好長慶~畠山昭高
 所在地  大阪府四條畷市、大東市
 最寄り駅  JR学研都市線野崎駅、四条畷駅
 最寄りIC  阪神高速道路 東大阪線 水走出入口  国道170号線経由
 駐車場  有(有料) 飯盛城周辺には駐車場がないので野崎駅・四条畷駅周辺の コインパーキングを利用
 休館日  大東市立歴史民俗資料館:第1・第3火曜日(祝日の場合はその翌日)、 年末年始
 四條畷市立歴史民俗資料館:月曜日休館(月曜日が祝日の場合はそ  の翌日)、年末年始(12月28日から1月4日)、特別展示準備期間
 大東市立野外活動センター:月曜日(宿泊予約のある場合および夏季  期間を除く)、年末年始(12月29日~1月3日)
 スタンプ設置場所  大東市立歴史民俗資料館
 四條畷市立歴史民俗資料館
 大東市立野外活動センター
 ウェブサイト   四條畷市HP
 大東市HP


  周辺の地図



  飯盛城の見どころその他情報
  飯盛城には四條畷神社から登りましたが、急な坂道もあり、そんな所にはロープや手すりまでありそれを当時は何もなしで上り下りしてたかと思うとすごいなと思ってしまいます。
虎口付近で地元の方でよく山登りをしている人と出会って登山道のことで話しをしてくださいましたがいくつかの道があるので迷わないようにとのことでした。当然その方の教えに従った道で下山しました。(無事下山できました)
登城前に、四條畷市立歴史民俗資料館にスタンプを置いていたので訪問しましたが、資料館の方が館の中をつきっきりでいろいろ説明してくださりキリシタンにまつわる話が印象的でした。

 見どころ

 ◆本曲輪
 ◆本曲輪東側にある石垣
 ◆千畳敷曲輪跡
 ◆堀切と土橋
 ◆虎口
等が見所となります。

 観光スポット

四條畷市立歴史民俗資料館 大阪府四條畷市の資料館では、四條畷市内の遺跡の出土物をイラストをまじえて展示したり、昔のくらしや道具などについて勉強したりと、楽しくこの土地のことを知ることができます。特に埋蔵文化財展示室では、イラストを多く用いてわかりやす展示されています。
※いこーよHPより引用
野崎観音 野崎観音は、正式名「福聚山 慈眼寺」という曹洞宗の寺院 で、本尊は十一面観音菩薩(江戸時代)です。毎年、5月1日から8日まで無縁経法要が行われますが、こ の期間、参道に出店が立ち並び「ようかび」といわれ、たいへ ん多くの人でにぎわっています。これは江戸時代に庶民の娯楽 であった「野崎まいり」が起源で、人形浄瑠璃、歌舞伎、落語 などの作品に取り上げられました。
※大東市HPより引用 
司馬遼太郎記念館 司馬遼太郎記念館は、作家・司馬遼太郎の業績を称えるべく自宅をそのままに博物館として利用した施設。そのためここで見られるのは数々の作品が生み出された書斎や、6万冊に及ぶ司馬の蔵書など、リアルな執筆の現場です。日当たりの良い窓辺に配されたふかふかの椅子や、司馬の愛した草花が咲き乱れる庭の様子は、なんだか本当に作家のお宅にお邪魔したかのような気分にさせてくれます。
※いこーよHPより引用 
大東市立歴史民俗資料館 弥生時代の遺跡としては「中垣内遺跡」「北条西遺跡」が有名で、この資料館でも人骨の入っていた弥生時代の壷が展示されている。これは完璧な形で出土したという、大変珍しいものだ。飯盛山西麓には多くの古墳が造られた。鉄製の武器や甲冑など貴重な遺物が出土した堂山古墳群は、現在も見ることができる。
※全国観るなびHHPより引用
大阪城 大阪に豊臣秀吉が築城したのは1583(天正11)年のことです。豪華絢爛な天守閣は、1615(元和元)年の大坂夏の陣で焼失しました。姿を消した天守閣が再建されたのは、1931(昭和6)年のことです。往時の姿を偲ぶ地上55メートル、5層8階の壮大な建築には、いたるところに黄金の装飾が燦然と輝いています。8階の展望台からは大阪市街の先に生駒山、六甲山、大阪港、通天閣、比叡山を眺めることができます。
※いこーよHPより引用
大阪歴史博物館 古代から近代・現代までの「都市おおさか」の歴史と文化を紹介する博物館。時代ごとに展示が並ぶ10~7階の常設展示室では、古代難波宮の大極殿や大大阪時代の心斎橋筋などの街角が再現され、豊富な実物資料とともに昔のおおさかをリアルに体感できます。
※いこーよHPより引用

 書籍

 大東市立歴史民俗資料館で書籍を販売しています
<書籍の内容について>
   飯盛山城遺跡発掘調査概報
  第1章 位置と環境
    第1節 地理的環境
    第2節 歴史的環境
  第2章 IMOIの調査
    第1節 調査に至る経緯
    第2節 調査成果
    第3節 小結

   第3章 IMOⅡの調査
    第1節 調査に至る経緯
    第2節 調査成果
    第3節 小結
  第4章 まとめ
    遺構一覧表・遺構観察表
    写真
    報告書抄録

     






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