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足利氏館
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  日本100名城・・・・・No.15 足利氏館
 鑁阿寺は、鎌倉時代、建久七年(1196年)に足利義兼によって建立された真言宗大日派の本山。山号は金剛山。本尊は源氏、足利氏の守り本尊である大日如来(だいにちにょらい)を祀る。約4万平方メートルに及ぶ敷地は、元々は足利氏の館であり、現在でも、四方に門を設け、土塁と堀がめぐらされており、平安時代後期の武士の館の面影が残されている。またこの事から「史跡足利氏宅跡」として、大正10年3月に、国の史跡に指定されており、現在では「日本の名城百選」にもなっている。寺院としては、鎌倉時代初期、建久7年(1196)源姓足利氏2代目の足利義兼が発心得度し、邸宅内に持仏堂を建てたのが始まりとされる。義兼死後、その子義氏が建立した本堂は、安貞3年(1229)に落雷により、焼失したが、足利貞氏が禅宗様式を取り入れ改修した。日本としては禅宗様式への転換期の最初期にあたる。鎌倉時代から室町時代にかけて寺院として次第に整備され、室町将軍家、鎌倉公方家などにより、足利氏の氏寺として手厚く庇護された。境内には、本堂のほかにも、鐘楼(しょうろう)、一切経堂(きょうどう)が国の重要文化財、東門、西門、楼門(ろうもん)、多宝塔(たほうとう)、御霊屋(おたまや)、太鼓橋(たいこばし)が栃木県指定の建造物で、その他、市指定の建造物も多数あり、その他建造物以外にも、彫刻や文書、美術工芸品など、中世来の貴重な宝物類も多数残され、今に伝わっている。

※鑁阿寺HPより引用

 
 概要  居館
 別名  鑁阿寺(ばんなじ)
 築年/廃年  平安末期/―
 築城主  足利義兼
 歴代城主  ―
 所在地  栃木県足利市家富町
 最寄り駅  JR両毛線 足利駅 徒歩約10分
 東武伊勢崎線 足利市駅 徒歩15分
 最寄りIC  北関東自動車道 足利IC 国道293号線経由
 駐車場  有(無料)足利市観光駐車場(太平記館)
 駐車場はこちらをご覧ください
 休館日  年中無休
 スタンプ設置場所  鑁阿寺本堂
 足利氏館のHP  鑁阿寺


  周辺の地図



  足利氏館の見どころその他情報
 鑁阿寺は居館だったので普通イメージするお城とはことなりますが敵から守るように周囲を土塁や堀で囲んでいます。お隣には日本で最も古い足利学校がありますのでこちらも足を運ばれてはいかがでしょうか。この足利学校で、武田信玄の軍配者 山本勘助(鷗宿)、扇谷上杉後に上杉謙信の軍配者 曾我(宇佐美)冬之助(養玉)、北条氏康の軍配者 風摩小太郎(青渓)たちが学んでいて、それぞれが戦で相まみえています。駐車場には太平記館があり、こちらで栃木・足利のお土産などを販売しています。

 見どころ

 ◆楼門(山門)
 ◆本堂
 ◆鐘楼
 ◆土塁
 ◆堀
等となります。

 観光スポット

 足利学校 足利学校の創建については様々な説があります。平安初期に小野峯が創建したという説。ですがどれが正しい説であるかは現在も解明されていません。足利学校の歴史が明らかになるのは室町時代中期です。上杉憲実が関東菅領になると学校を整備し、書籍の寄進や庠主(校長)を招き入れ、学生の養成をしました。特に軍配者の養成をしていて武田信玄の軍配者 山本勘助、上杉謙信の軍配者 宇佐美冬之助、北条氏綱の軍配者 風摩小太郎等が学びました。
栗田美術館 伊萬里・柿右衛門・鍋島を館蔵する世界屈指の陶磁美術館です。
美術館の極めて大きな特色は、江戸時代(1603~1867)肥前鍋島藩で生産された伊万里、鍋島のみを展示している点です。
※足たび 学び舎のまち足利HPより引用 


     






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