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  続日本100名城・・・・・No.139 佐柿国吉城
 国吉城は、若狭国守護大名武田氏の重臣、粟谷越中守勝久が、古城跡を利用して築城したと言われ、弘治2年(1556)には居城としていました。永禄6年(1563)9月、敦賀郡司朝倉太郎左衛門率いる越前勢が攻め寄せました。以後、天正元年(1573)に朝倉氏が滅亡するまで、ほぼ毎年侵攻してくる越前勢を撃退し続け、難攻不落の国吉城と勝久の勇名を轟かせました。その活躍は、軍記『国吉籠城記』諸本に記されています。元亀元年(1570)4月、織田信長が国吉城に入り、最初の朝倉氏攻めに向かいました。天正元年8月、敦賀で朝倉勢を追う織田勢に合流した勝久は、朝倉氏の滅亡を見届けました。天正10年(1582)、信長の後継をめぐる羽柴秀吉と柴田勝家の対立では秀吉に与し、柴田領である越前国境に接する国吉城を改修しました。戦後、大坂に召し出されて秀吉の直臣になりました。替わって、木村常陸介定光が豊臣大名としt領主となり、城と城下を整備しました。その後、若狭国主となった諸大名は、領国東方の重要拠点として重臣を配しました。寛永11年(1634)、京極家の後に徳川譜代の酒井忠勝が小浜に入封すると、翌年に佐柿町奉行所御茶屋屋敷が造られ、廃されました。

※パンフレット「国吉城址の石垣」より引用

 
 概要  山城
 別名  ―
 築年/廃年  弘治2年(1556)/寛永11年(1634)以降
 築城主  粟谷勝久
 歴代城主  粟谷勝久→木村重茲~酒井氏
 所在地  福井県三方郡美浜町佐柿
 最寄り駅  JR小浜線 美浜駅
国道27号線を敦賀方面へ徒歩
敦賀行きバス「佐柿口」下車
美浜コミュニティーバス「佐柿」下車
 最寄りIC  舞鶴若狭自動車道 若狭美浜IC 国道27号線経由
 駐車場  有(無料) 若狭国吉城歴史資料館
 休館日  毎週月曜日、祝日の翌日、年末年始(若狭国吉城歴史資料館の休館日でお城は随時見学可能)
 スタンプ設置場所  若狭国吉城歴史資料館
 ウェブサイト  美浜町HP


  周辺の地図



  佐柿国吉城の見どころその他情報
 鎌刃城の登城を終え敦賀から若狭国吉城歴史資料館を目指します。この日は時間的に登城できなかったので若狭国吉城歴史資料館でスタンプと本だけゲットすることに。翌日朝からまずは屋敷跡から見学することにしましたが、山麓とはいえ破壊されずに平地に土塁に石垣や虎口等が残っていました。次は国吉城に登城です。入り口には獣用の柵があり柵には「熊を見かけたら連絡ください」と張り紙がありましたが国吉城に熊が出没するのかは不明ですが一応熊よけの鈴をつけて登城です。もちろん入ったあとは柵をしっっかりしめます。階段を上っていくと左手に二の丸跡があるので左手に進むと、高土塁や喰違虎口があり土塁は結構高さがありました。二の丸を後にしさらに上を目指して登ると、尾根の形がはっきり見え、人工的に削られた地形が目に飛び込んできます。そして斜面には石垣が見えるようになります。帯曲輪段、北堀切、石垣を見ながら本丸跡へ。国吉城の石垣は城主が何人もおり、その時々に石垣を作った石垣が残っているそうです。本丸の見学の後にⅡ郭に移動し連郭曲輪群を見ようとしたのですがⅡ郭から段差のあるⅢ郭へ行こうと周囲を見渡すと、木に結びつけたロープを発見しましたが一番下が見えず急な坂であったので怖くて曲輪群の見学は断念です。見学したかったのですが、怪我をしては元も子もないのでやめておきました。ただ、後で国吉城でもらったパンフレットを見ると、旧丹後街道から妙見堂からⅥ郭まで道があるのでそのルートで行けるのかもしれません。(いつか挑戦してみたいです)見学後来た道を引き返しますが、途中後ろの訪でカサカサと音が何度かしたので怖くて後ろを振り向くことなく早足で下りてきました。あの音は何だったんだろうと思い柵の外に。猿のような気がしますが、何事もなくよかったです。(山城はこういうことが時々ありますね)

 見どころ

 ◆二ノ丸跡
 ◆北堀切
 ◆本丸跡
 ◆北西虎口
 ◆南隅櫓台
 ◆連郭曲輪群
 ◆石垣
等が見所となります。

 書籍

 若狭国吉城歴史資料館で書籍を販売しています

 観光スポット

敦賀赤れんが倉庫 金ヶ崎緑地の南に2棟並んで建っている「赤レンガ倉庫」は、外国人技師の設計によって、1905年に建てられ、当時は石油貯蔵庫として使われていました。内部は広大な空間を設けることが出来るよう柱が1本もない小屋組構造なのが大きな特徴です。平成21年1月には国の登録有形文化財に登録され、港まち敦賀の歴史を象徴する建築物のひとつとして有名です。平成27年10月には港と鉄道のジオラマとレストランを備えた商業施設として生まれかわりました。
※じゃらんHPより引用
金ヶ崎城 敦賀湾を一望する小高い山、そこに『金ヶ崎城跡』があります。延元元年(1336年)恒良、尊良両親王を守護した新田義貞が足利軍と戦った古戦場です。戦いは激しさを極め、尊良親王ら300人は籠城から半年後、城に火を放ち自害しました。中腹の金崎宮には、その両親王が祀られています。
※漫遊敦賀HPより引用 
人道の港敦賀ムゼウム 古くから大陸への玄関口として栄えた敦賀港は、大正9年(1920)にポーランド孤児、昭和15年(1940)にはユダヤ人難民が上陸した日本で唯一の港です。人道の港敦賀ムゼウムでは、ポーランド孤児の様子や各地での暮らし、杉原千畝の命のビザで上陸したユダヤ人難民と敦賀市民との心温まる交流や、杉原サバイバーからのメッセージなど、人道の港ならではのエピソードを紹介しています。
※じゃらんHPより引用 
敦賀鉄道資料館 敦賀鉄道資料館では、敦賀の鉄道の歴史を紹介する資料や列車模型などを展示しています。また、夜には建物がライトアップされます。
※敦賀市HPより引用
美浜原子力PRセンター 原子力発電の仕組みや地震・津波などに対する安全性向上対策の実施状況について映像や模型により解説しています。原子炉体験シアターでは、実物大の模型と原子炉内部をリアルに仕上げんした映像により、原子炉の中にいるような感覚を体験できます。その他、様々なエネルギーを組み合わせるエネルギーミックスについて映像や体験装置により解説しています。
※じゃらんHPより引用
美浜町歴史文化館 美浜町歴史文化館では、縄文時代まで遡る先人達によって生み出された多くの文化財、歴史・文化に関する資料などを収集・保存し、また調査研究し、公開・活用を図ることなどを目的に開館。美浜町の歴史と文化を町内外に広く情報発信しています。
※ふくいドットコムHPより引用
若狭シーサイド・ブルワリー地ビール工場 若狭ビールの製造工程が見学でき、隣接する海遊バザール千鳥苑の海鮮バイキングで出来立てのビールをご賞味いただけます。3種類の地ビールのうち「ヴァイツェン」は2010年の地ビールコンクールで優勝しました。
※ふくいドットコムHPより引用


     






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